2026/08/21 最近腹痛が続く。 ストレスかただ単に腹が弱いからか。 今日はスランプについて書く。 というより、思考の変遷を記録しておくためだ。 趣味で絵を描き、金銭利益も知名度もハナから諦め、 ごま塩程度の「読んでほしい」というささやかな承認欲求だけを抱えて同人活動をしている。 これは、そんなミジンコレベルの脳みそで悩み抜いた思考の断片だ。 万人に当てはまるなどとは思っていない。 Q1. なぜスランプが起きるのか? A1. 従来の練習法が身につきすぎたか、目が肥えたか。 後者は流行り廃りに振りまわれて何が良い絵か 判断が鈍っているという事もあるが、 前者は「これまでの練習が体の無意識レベルまで落ちて定着した」状態だ。 いわゆるプラトーというやつである。 脱の為ルーティンを変えた。背景スケッチでもグレー塗りでもいいから。 なんならペン入れだっていい。 とにかく一枚の絵を最後まで描き切る。 あるいは知見・知識を仕入れる。 ただし、昨今は粗製乱造のゴミ本が蔓延している。 変な本を掴まされないよう、自分に必要なものを見極める俯瞰の目が要る。 以下は私に合った本だ。 リンクラベル... リンクラベル... リンクラベル... Q2. それでも脱却できなかったら? A2. 寝ろ。 身も蓋もないが真理だ。 ここで言う「寝ろ」は休息であり、次への支度だ。 創作とは、心と頭のMPを大量に削る極悪なアウトプット行為である。 すっからかんになれば描けなくなるのは当然だ。 無給水でフルマラソンを走り切るような天才と呼ばれる奴はノーカウントとする。 天才でもない凡才はMPが尽きたら、 映画を観るなり出かけるなり身体を動かすなりしてインプットに徹する。 机にへばりついて強張った身体に酸素を送り、心機一転を図る。 アナログ時代、私は画材屋のカワチに乗り込み、ペンとノートを買い漁っていた。 紀文が上がった時にすぐに描けるように。 心構えとしては「描けなくても死にはしない」と開き直ること。 「自分には絵しかない」と固執しているだけではないか? 一度それを手放してみると、忘れた頃に案外さらっと描けたりする。 辛かった時期、私はJNTHED 氏のテキストに救われた。 趣味だろうとプロだろうと 絵だけ描けばいいわけじゃない言語化できる姿勢に感服した。多謝。 まとめ 再三いうがこれらはすべて、私個人にしか効かないかもしれない対症療法だ。 私自身、スランプが治ったとは思っていない。背後霊や寄生虫のように共生している感覚だ。 今は諦めて強制している状態だ。 飼いならしている、という感覚に近い。 脳は単純で、思い込みにハッキングされやすい。人と喋りながら作業したらあっさり描けた経験からも、結局は「自分自身のメンタルをどう騙すか」という個人的な試行錯誤に過ぎないのだと思う。 完走した感想 👏 拍手を送る edit
2026/08/17 お盆休みが終わり、容赦なく現実に引き戻される。 連休中の虚無感を振り返るにつけ、やはり私は「連休前の修羅場」を走っている時の方が遥かに高揚していたと思い知らされるのだ。 どうやら、「これを乗り切れば〇〇がある」というニンジンを鼻先にぶら下げておかなければ前進できない種族らしい。 肝心の進捗はネームが三歩進んで二歩下がる状態だ。 …はい。 リンクラベル... 所謂スタッフ本に少しモヤついてた時があるので 凡そ引用したページと同じ気持ちである。 事前に他サイトで取り上げられて、行列になることは想像に難くないし案の定、転売されてるしで 危機感が無さすぎなんじゃない? 挙句期間限定無料pdf公開…うーん…。 さらには別のところで版権キャラの色紙で炎上とか (引用元にもある) 昔からのコミケってこうだったよ何を今更と言う方も出てくるかもしれないが、そういう見逃すなあなあの雰囲気が続いてるからこういうことが起こるのでは? いつか絶対どこかでツケを払う気がしてならない。 日記 👏 拍手を送る edit
2026/08/07 夏だ!コミケだ! 暦の上では今日が立秋というので 風が秋めいてきたが東京ビッグサイトは 夏の陣が開催されるこのアンバラス感。 まぁ昨今は春と秋の霊圧が消えてるのでさもありなん。 さて、コミケと言えば 最近snsで印刷所の炎上があったが三冊しか本出してないド底辺漫画描きマンとしては、 いい勉強代になったな、としか言えない。 そもそも最初から試し刷りしたきのであればそういう印刷所に行けばいいだけで、 値段が安い印刷所は安いなりの理由があるのでは? と言うよりコミケ前のこのクソ繁忙期に 騒動起こされて逆に印刷所の現場の方々が 心配になってしまう。 CMYKってなんやねん、YMCAの亜種かってお方は無難に栄光にしておけばいいんじゃないか、 という感想である。 リンクラベル... 弊サークルの同人誌の表紙 そもそもカラー苦手なのもあるが それでもなんやかんや格闘してやってる感が半端ない。 トライアンドエラー。 それも楽しむのも同人の良さ。 昨今の同人、儲けやポートフォリオ的な場所として考えてる人多い気がするし 交流が主目的になってなんか勝手に交友関係のトラブルになって消えてく人もいるので カオスなコミュニティに向かっているのを 実感するが危機感を言語化する能力の乏しいワイが 言ってもなんやコイツ案件に終わるし、 そもそもワイの杞憂、思い込み、自意識過剰からくる 妄想かもしれん。知らんけど。 どうして皆してシンプルに好きなものを発表したり、売り上げなんて考えるならプロになった方が早いしのシンプルな考えにならないのか分からない。 俺たちは雰囲気で同人活動してる。 日記 👏 拍手を送る edit
2026/08/04 虚無コラム Apple Musicのお試し期間をスタートさせて早一週間。 ここに、その貧弱な体験に基づく所感を記しておく。 使い比べてみて痛感したが、 Spotifyの強みはなんと言っても未知の曲との偶発的なエンカウント率の高さと、ストレスフリーなUIの完成度である。 引き換え、林檎のUIの見づらさたるや、目を疑うレベルだ。 狙ったアーティストやアルバムに一発でアクセスできない。 極めつきはループ機能で、なぜか曲の妙な途中地点からリピートをかましてくる。 違う。そうじゃない。 曲の頭から再生し直せ。 こんな理不尽に苛まれるくらいなら、 ケチらずSpotifyの契約を継続していれば良かったと後の祭りである。 苛立ちの反動で、気づけばMisskey.ioのFANBOXにお布施(投げ銭)をかましていた。 ストレスを免罪符に金を撒き散らす。実に危険な予兆だ。自制せよ、自分。 (脳内で悪魔の声が鳴り響く) you are cursed! 気づいたらWWEサマースラムのPPVをポチッてるではないか。 自制心などという脆弱な防波堤は一瞬で崩壊し、久々にプロレスの沼へ真っ逆さま。見事に脳の変なスイッチが入り、熱量が異常再燃している。 金の消費を加速している己の意思がやめられない止まらない。 なんでこうなったしまったのか振り返ると 動画等でスターダムの上谷沙弥様を拝見する機会が増え、「え……好き……(トゥンク)」と心臓にダイレクトアタックを受けたのが全ての始まりだ。 そこから、グンターの字幕が「オーストリア県三次」と揶揄される広島弁だったことに脳をバグらされ、 ダンハウゼンとミニハウゼンによるリング上の怪奇現象に掻き乱され、相変わらず狂気と絢爛を纏ったセス・ロリンズの存在感に殴られる始末。 私は一体、画面の向こうで何を見せられているのだろうか。 この世の新たな地獄か? And that’s the bottom line, ’cause WWE said so ! 夏はまだまだこれからだ。 日記 👏 拍手を送る edit
2026/07/31 日本の夏、緊張の夏。 蝉がこの世の春、いや夏を謳歌して 次世代へのアンセムを大音量で奏でる中、 ホモサピエンスと言えば早く涼しくなんねぇかなと宣う日々。 年々暑くなる日本の夏だが 今年は冷夏になるというデータはどこへやら。 全然暑いじゃねーか。 10年に一度の暑さや、酷暑日とか ボジョレーみたいな思考が多く 本邦の夏に対する舐めた態度は辟易するものである。 と、暑さにより怒りの閾値の沸点が限界突破しているのを横に置き、 目下懸念しているのはこのクソ暑さのせいで 食欲が落ちる事である。俗に言う夏バテ。 辛いものを作って見たり食べたりしてみるが、 その後遅いくるお通じの 痛さに『そういえば元々消化器が貧弱なモヤシ野郎だったわ』と 能天気にも己の肉体の脆弱性を思い返し、厠で文字通り痛い目を見る。愚か。 そんなわけで、最近は辛さを控えかつ栄養のあるものを食べるとするが山形のだしや漬物を手に取ることが多くなり、自身の加齢を嘆きつつ漬物の 滋味深い美味さに目覚めようとする己に感嘆としている今日この頃である。 リンクラベル... リンクラベル... と、ここまで書いてはきたが 今一番食べたいのは香港式ミルクティー片手に 胡椒餅を頬張りたいので食欲は大丈夫そうである。 日記 👏 拍手を送る edit
ストレスかただ単に腹が弱いからか。
今日はスランプについて書く。
というより、思考の変遷を記録しておくためだ。
趣味で絵を描き、金銭利益も知名度もハナから諦め、
ごま塩程度の「読んでほしい」というささやかな承認欲求だけを抱えて同人活動をしている。
これは、そんなミジンコレベルの脳みそで悩み抜いた思考の断片だ。
万人に当てはまるなどとは思っていない。
Q1. なぜスランプが起きるのか?
A1. 従来の練習法が身につきすぎたか、目が肥えたか。
後者は流行り廃りに振りまわれて何が良い絵か
判断が鈍っているという事もあるが、
前者は「これまでの練習が体の無意識レベルまで落ちて定着した」状態だ。
いわゆるプラトーというやつである。
脱の為ルーティンを変えた。背景スケッチでもグレー塗りでもいいから。
なんならペン入れだっていい。
とにかく一枚の絵を最後まで描き切る。
あるいは知見・知識を仕入れる。
ただし、昨今は粗製乱造のゴミ本が蔓延している。
変な本を掴まされないよう、自分に必要なものを見極める俯瞰の目が要る。
以下は私に合った本だ。
リンクラベル...
リンクラベル...
リンクラベル...
Q2. それでも脱却できなかったら?
A2. 寝ろ。
身も蓋もないが真理だ。
ここで言う「寝ろ」は休息であり、次への支度だ。
創作とは、心と頭のMPを大量に削る極悪なアウトプット行為である。
すっからかんになれば描けなくなるのは当然だ。
無給水でフルマラソンを走り切るような天才と呼ばれる奴はノーカウントとする。
天才でもない凡才はMPが尽きたら、
映画を観るなり出かけるなり身体を動かすなりしてインプットに徹する。
机にへばりついて強張った身体に酸素を送り、心機一転を図る。
アナログ時代、私は画材屋のカワチに乗り込み、ペンとノートを買い漁っていた。
紀文が上がった時にすぐに描けるように。
心構えとしては「描けなくても死にはしない」と開き直ること。
「自分には絵しかない」と固執しているだけではないか?
一度それを手放してみると、忘れた頃に案外さらっと描けたりする。
辛かった時期、私はJNTHED 氏のテキストに救われた。
趣味だろうとプロだろうと
絵だけ描けばいいわけじゃない言語化できる姿勢に感服した。多謝。
まとめ
再三いうがこれらはすべて、私個人にしか効かないかもしれない対症療法だ。
私自身、スランプが治ったとは思っていない。背後霊や寄生虫のように共生している感覚だ。
今は諦めて強制している状態だ。
飼いならしている、という感覚に近い。
脳は単純で、思い込みにハッキングされやすい。人と喋りながら作業したらあっさり描けた経験からも、結局は「自分自身のメンタルをどう騙すか」という個人的な試行錯誤に過ぎないのだと思う。